散るろぐ

僕のすべてを伝えたい。心ゆさぶる感情メディア

最初にグーグルのページを開いた時のこと覚えてる?


僕がグーグルに初アクセスしたのは20世紀の終わりごろだった。まだ「ググる」って言葉もなかったころだよ。

当時の日本では、モデムが無料で街中にバラまかれていた。ソフトバンクの可愛い女の子が笑顔で手渡してくれた。だから検索と言えばヤフーだった。

業者さんが家に来て、ネットの初期設定をするときにヤフーのトップページをホーム画面にしていたんだ。

でもヤフーはそもそもポータルサイトだから検索よりヤフオクなんかのサービスを売り込む方に躍起だった。

そんなときに出会ったのがグーグルだった。ロゴと検索ボックスだけのシンプルな検索エンジンは、ごちゃごちゃした機能満載のヤフーと比べて圧倒的に軽快だった。

感動的ですらあった。

その頃のグーグルは「ユーザーの利便性を最優先に表示速度をコンマ何秒まで追求しています」みたいなことを言っていて、僕は深い感銘を受けたんだよ。



あれから15年がたった。グーグルはGメール、グーグルマップ、グーグルアースという具合に次々と革新的なサービスをリリースしていった。そして他の追随を許さない巨大企業に成長した。もうグーグルを経由しないサービスを探すのが難しいくらいに。

そしてグーグルは営利企業でありながら経済活動を目的とする必要がなくなった。地図も道もないインターネットでは検索こそがすべての生命線になる。

検索の価値と重要性にいち早く気づいたグーグルは、そこに広告を連動させてあっという間に富を築いた。その支配力はユーチューブを配下に収めたことでさらに盤石のものとなった。

グーグルにもう富は必要ない。生み出そうと思えば自分でいくらでも増やせるのだから。第二のグーグルが現れる可能性もあるけれど、それもユーザーへ膨大なクラウドを提供することで限りなくゼロにした。

つまりグーグルにとって経済的な成功はあくまで附随的な成果のひとつに過ぎなくなったんだ。

そして国境と経済から自由になったグーグルは思想だけで意思を決定できるようになった。

経済的な利害から自由になったら人はどこへ向かうんだろう。企業は何ができるんだろう。


インターネットというアナザーワールドは、人類が歴史から何を学び、そして何ができるかを試しているんだ。