散るろぐ

こころふるえる感情メディア

20年ぶりに故郷の山梨県へ旅したときの思い出

僕の故郷は、山梨県の甲府市ってところ。10歳まで住んでたけど、今は九州へ引っ越してる。

最後に山梨へ行ったのは16歳の時だった。それっきり一度も行くことはなかった。1200キロという距離の壁もあったし、知り合いもいなかったからね。

それが、勤めていた会社を辞めて、何もする事がなくて「そうだ、故郷へ行こう」って思い立った。

下道を東へ

九州から、山口、広島、大阪、滋賀と、ひたすら軽自動車で東へ走った。名古屋についた頃にはもう真っ暗になってしまったから、路肩に止めてそのまま眠った。

翌日、ほとんど休みなく走って、やっと山梨県についた。

23年と9ヶ月ぶりに訪れた故郷は、なつかしい匂いがした。僕の記憶は匂いと強く結びついている。

甲府駅から記憶を頼りに、むかし住んでいた家へ向かった。目印の小学校はすぐ見つけたんだけど、なんか様子が変なんだよね。

車を停めて、辺りを見回して、ようやく違和感の正体がわかった。ぜんぶ小さい。校舎、校庭、となりの農協の建物まで、ぜんぶ縮小してた。

33歳の今と10歳の過去では、世界のサイズが5分の1くらいにスケールダウンしてた。

だから、住んでいた家を探すのも苦労した。何度も目の前を通っていたのに、見落としてたんだよね。

もしかしたら、あれかな?って建物を見つけたけど、道路が狭くて車を駐められないから、遠くのコンビニに駐車して歩いていった。

あった。

古い長屋が、押したら倒れそうな感じで残ってた。そこは、もう誰も住んでなくて、カベにツタがびっしりとからまっていた。絵に書いたような廃墟になってた。

2階の手すりにはジャンプしたらぶら下がれそうだった。むかしは見上げてたんだけどな。ここで走ったり、窓からカブトムシが家に入ってきたりしたんだ。みんなここで生活してたんだよね。罵り合いながら、笑いながら、泣きながら。

旅の途中、僕の車のナンバープレートを見て、話しかけてくるひとがいた。みんなお年寄りで、故郷が九州だったり、むかし住んだことがあったり…。ふだん、地元では、知らない人に声かけられたりしないからビックリした。

人に歴史ありって言うけど、みんな旅をしているんだと深く感じた。その中で人が出会う確立ってどれくらいかな。災害とか事故で亡くなっちゃうこともあるし。きっと、すごく小さくて脆い。


この旅をふり返ってみて、僕の中で何か変わったか自問してみた。でもなにも得るものはなかった。

もしかしたら、なにかとてつもない脳内革命が起こって、人生を一変させるような衝撃を期待したんだけど、それはないよね。

ノープランだったから、宿の予約もしてなくて、車中に4泊した。精神的なキツさもあったし、ガソリン代とか、もろもろで5万近くかかってしまった。九州⇔東京方面の移動には、公共交通機関を利用しよう。