散るろぐ

僕のすべてを伝えたい。心ゆさぶる感情メディア

仕事に誇りを失っている

みなさん自分の仕事に「誇り」ってあるでしょうか。僕はぜんぜん無いんですよ。お客さんに悪いなぁと思いつつも、仕事にまったくやる気が無いのです。

若かりし日

若いころは、素直な性格もあいまって、とても良くやっていたと自分でも思います。テキパキと準備して、お客さんにより良い商品を、より良いサービスを提供するのが喜びでした。

その結果、売上も向上し、お客さんに感謝もされていたと思います。もちろん失敗したことや嫌なこともありました。しかし、それも糧として成長できました。仕事がどんなに辛くても、お客さんの「ありがとう」を聞けば、すべてが報われていたのです。

現状

ときは流れて、今の僕のなかに感謝はありません。お客さんが来るとまず思うのは「また来たのか…早く帰ってくれないか」です。会話する時間でさえ無駄に感じています。

また、クレーム耐性というか、苦情にも向き合えなくなりました。表面上はギリギリの線で体裁を保っていますが、内心では「もう二度と来るなよ、地球から消えてくれ」と心から罵っているのです。

転機

キッカケは先代の社長が亡くなったことでした。あまりに急だったので、株主はろくな話し合いもなく社外から取締役を雇って来ました。

これも運なのでしょうが、不幸なことにその雇われ社長には、商売の適性が全くありませんでした。感情的なことを言っても無意味なので、結果だけをお伝えすると、4年で35%ほど減益したでしょうか。

しかし僕は、彼の無能を責める気にはなれません。ただ、株主、社員、そして雇われ社長本人にとっても、大変に不幸な出来事だった、そう思っています。

崩れた循環

思うに、僕がやる気を失ってしまった原因は、サイクルが崩れてしまったところにあります。以前は、

「お客さん→自分→会社の利益→自分の利益→お客さん」

と言うふうに、自分と会社の利益はイコールになって循環していました。

その中で僕の役割は、会社とお客さん双方の利益を考えた上で、最適解を模索することでした。意識はしていなかったのですが、それが自分にとっての利益にもなっていたのです。

今後の身の振り方

こうやって書いてしまうと、当たり前のことですね。だからどうなるという話でもなく、寂寥感がつのるばかりです。

その点、いつも感じるのが欧米の労働者の人々は生き生きとしているように見えることです。テレビで見るだけの印象で実態は分かりませんが、彼らはマネーではなくジョブに誇りを持っているように感じます。

翻って日本では、その席に座った人が偉くて、組織からお金を多く分配されるのが正義、みたいなところがあります。

それで開き直ってるんですから、僕も開き直りますよ。

今後はさらに、細小の労力で最大の収益をあげる努力をします。むしろ働かずに給料をゲットすることに、全力で取り組んでいく所存であります。

お客さんの利益に全力を尽くした、あの頃のように。