散るろぐ

こころふるえる感情メディア

インターネットで生きること

僕はちょっと変わっているというか、人とは少しズレた考え方をしているので、世間ではあまりうまく行きません。

仕事についても、良く言えば合理的、悪く言えば理想主義者なので、ひとりでやる作業には向いていますが、チームプレイは苦手です。

古い友人からは「それは経営者の考え方だね…」と言われたこともあります。

しかし、現実の僕は、零細企業の末端作業員ですし、出世欲もまったくない、理想だけが空回りする残念なワーキングプアです。


昨今のインターネットでは、何を言ったかではなく誰が言ったかで判断されることが多くなりました。しかし、現実社会はもっとひどく、ほとんどの物事は、誰が言ったかによって決定されていきます。

年齢、役職、権限…、いわゆる権力によって、白い物でも黒くなるのが世の中というものです。

会社の方針だから…、上からの指示だから…、そう言って、困っているひとを見切ったこと、ありませんか。僕はいつもです。


しかし、インターネットは違いました。昔に比べれば、実名や社会的地位が優位になったとは言え、今でも現実社会と比較すれば、はるかにフェアです。

生活の利害がなければ、人はもっと他人の意見を公平な視点で見ることができる。それを教えてくれたのがインターネットでした。

今までの人生で黙殺されてきた僕の意見も、インターネットでは、必ず誰かが耳を傾けてくれます。少なくともブログでは、僕の話を聞いてくれる人たちがいたのです。


少数派といえば、イケハヤさんと愉快な仲間たちも、僕と同じ変わり者です。理想はあるのですが、いっぽ社会に踏み出せば、爪弾きにされてしまう宿命です。どこか、みんなを苛つかせてしまう、憐れなフランケンシュタインなのです。

しかし、インターネットの多様性は、少数派の僕たちを受け入れてくれました。

ところが、最近のイケハヤさんは、みんなを面白くないと嘲り、まるでお殿様のように振る舞うようになりました。


やっぱり、お金でしょうか。

しかし、自分でやって気がついたのですが、ブログのマネタイズは、インターネットの中からお金が湧いてくる訳ではなく、広告だったり商品を誰かが生産し、そして消費することによって生まれています。

そのシステムは、面白いことを書けなくて、不自由な人生を選択した、多くのサラリーマンによって支えられています。

プロブロガーもニートも、童貞だって、みんな同じです。

なにがしかのお金が入るのならば、サラリーマンを含め、ほかの人たちの生き方も、尊重しなければならないと思います。

インターネットが、僕たちを受け入れてくれたように。