散るろぐ

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はしごたんの「照準を持たない暴力性の発動」 を読んでみた

はしごたんが電子書籍をリリースした。

その一報を受け、僕は、すぐさま、はしごたんのブログ「heartbreaking.」へアクセスしていた。

彼女は本当に書いたのだ。

僕は、わけのわからない不安に怯えながら、震える指で「照準を持たない暴力性の発動」をクリックしていた。


無我夢中で読みはじめ、1時間後には読了していた。

はじめに断っておくが、僕は、本書の内容について、そこに書かれている真偽や、著者の人格に対する評価、不幸の度合いには、まったく興味がない。

僕が読みたかったのは、唯一、彼女が何をどう感じ、何をどう表現するのかということだった。

仕事の休憩時間に、一気に読み終えたので、僕はつぎの現場へ向かうため、急いでKindleを閉じて外へ出た。

太陽の光がおしろしくまぶしい。

不思議なことに、まだ真昼の太陽がさんさんと降り注いでいるのだ。

いや、それは不思議でもなんでもなかった。午後3時に読み始めて、4時には読み終えたのだから、日が高くて当然なのだ。

しかし、意識の中では、もうすでに日は落ち、あたりは真っ暗になっていた。

つまり僕は、「照準を持たない暴力性の発動」 の文章の中で、時間の感覚が狂い、強烈な闇に呑まれていたのだ。


一方で僕は、はしごたんからずっと感じていた、あるイメージが、本書を読むことによって、確信の域まで高まった。

こんなことを言ったら、誰もが首を傾げるかもしれない。はしごたん本人すら否定するかもしれない。

しかし僕は、はしごたんの魂を支えているのは、彼女が生まれ持った、底抜けのユーモアだと信じるのだ。

耐え難い苦痛ならば、笑ってやる。耐えきれぬ苦痛でも、そんなモノは笑い飛ばしてやる。そんな不屈の魂だ。


出版、おめでとう、なんて言葉は、僕には言えない。ただ、これからも書き続けてほしい。そう、願う。


照準を持たない暴力性の発動

照準を持たない暴力性の発動