散るろぐ

僕のすべてを伝えたい。心ゆさぶる感情メディア

自分の書いた物が不気味でおそろしい

たまに自分のブログを読んだりすると、やっぱり、最初のころに書いたのは、意味がわかりにくかったり、表現が稚拙だったりする。

だけど、ときどき「これ、ホントに僕が書いたんだろうか…」と、愕然となる記事がある。

まちがいなく僕の手で打って、内容も覚えてるのだけど、なんというか、まるでわるい妖怪に取り憑かれたような、どす黒い霊気に満ち満ちている。

言わんとすること、伝えたいことは、わかるのだけど、どこかおかしい。ゆがんだ写真のような、醜い妖怪がこちらを見ているような。


平坦な道はない

「くしゃみ 3回 ルル3錠」というフレーズがあるけれど、これは、「くしゃみを、3回したら、ルルを、3錠飲もう」という意味になる。

あるいは、

「3回、くしゃみをしたら、3錠ルルを飲もう」

もしくは、

「くしゃみを3回したら、3錠ルルを飲もう」

だったりする。

どれも、意味は同じだから、あとは、読みやすさを考えて決めればいい。僕が選ぶとしたら、最初の 「くしゃみを、3回したら、ルルを3錠飲もう」になるかな。

でも、3つ目の「くしゃみを3回したら、3錠ルルを飲もう」 も独特の味があって捨てがたい。

そこで書き直してみる。書き直すと、そっちの方がいい場合もある。

そんな、積み木をつむような、試行錯誤を繰り返しながら、文章は建てられていく。

ところが、ぜんぶ書き直したあとに、直すまえと見比べてみると、最初のままの方がよかったってこともある。

これが、いわゆる才能ってやつで、天才は(僕は)最初のインスピレーションを信じるべきだと確信する。そして、この現象に、なにか定形化できる法則があるって確信したりする。

だけど、何度もリトライしていると、あるとき、確率は五分五分に回帰していくことに気付く。

つまり、どっちが良いのかは、書き直してみるまでわからないんだよ。

何事も、平坦な道はないってことかな。


ダメ人間

文章の順序はともかく、僕の書くものが、どす黒い霊気に満ちているのは、僕があまりにもダメ人間だから。

仕事はすぐにやめてしまうし、飽きっぽくて集中力がない。とくに、同じことを、同じようにやれなくて、そのときの気分で別のことをしてしまう。

結局、仕事も続かず、継続して努力したり、よい人間関係を作ることも出来ないから、いつまで経っても、稼げないダメ人間のまま。

僕の書くものには、そんな、変われない、変える力のない、自分自身への呪詛が込められている。屈折した劣等感が、文章を気持ちわるくしている。


アスペルガー症候群

あるとき、僕はインターネットで「アスペルガー症候群」という病名と出会った。それは、僕の半生を、まるでイタコのように言い当ててみせた。

なにか変だと思っていた事の謎が解けた。まるで細い糸と糸とが交わって、大きな帆布になるように、すべての謎が解けた。それから僕は、寝食を忘れる勢いで、嬉々として、アスペルガーに類似する情報を読みあさった。

でも、アスペルガーをいくら知っても、僕は1ミリたりとも、真人間にはなれなかった。つまるところ、僕の若いころなら馬鹿に一括されていたジャンルが、それぞれに固有名詞がついて、細分化されたようなものだった。

そして、アスペルガーと、ダメ人間は、とても近い。つまり、アスペルガーが僕をダメにしているのか、ダメな僕がアスペルガーを着ているのか、わからなくなってしまったんだよ。

だから僕は、アスペルガーを綺麗に畳んで、タンスに収めた。


腹が立つ

僕は、馴染めない世間に、多くの不満を抱えている。

継続した信用を基盤にしている、経済という仕組みや、その経済を後ろ盾に成り立っている、ビジネスや、政治といった、組織力に、言いようのない苛立ちを感じている。

本来、ひとりの人間が持つ力というのは、限定的なものなのに、一部の連中は仕組みを利用して大きな力を手に入れて、調子に乗っている。

それが世間というものであるし、それが良いとか悪いとか思わない。ただ無性に腹が立つだけだ。そして僕は、吠えるだけで、何も変えられない、一匹の野良犬だ。

叩かれて死んでも悔いはない。