散るろぐ

こころふるえる感情メディア

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おはよう。2日ぶりに起きた。

まだ息してるよ。早とちりされちゃ困る。

今朝、ウェーダーにこんな記事があった。

要約すると、ユーチューブに虐待にあった人のインタビューを投稿していたら、広告取られちゃったんだよ。広告主が載せたくないと判断したら広告はがされてしまった。

前々から、この流れはあったけど、いよいよ本格化してきた。表現の自由と、金銭を切り分けていく流れだ。

これは、僕みたいに、悪ふざけと煽りでやってきたメンズには死活問題なんだ。

キャラの問題でもある。

僕って、ナチュラルに人を苛立たせてしまうよね。その個性が、今までは強みになっていたけど、今後は弱点になってしまう。

僕が何を書いても、けしからんという風潮になるから、ちょっと出るとビシバシ杭を打たれてしまう。具体的にどうゆうふうになるか、ハッキリとはわからないけど、「不快」という枠にハマって、お金の流れが断ち切られてしまう。

一方で、表現の自由は守られている。

僕が裸踊りをやっても、デジタルタトゥー的なバイオレンスに目覚めても、それはワールドワイドに公開していける。

ただし、お小遣いはゼロ。

さみしい。

道端の大道芸だって、投げ銭がなけりゃ廃れてしまう。滅びゆく伝統芸能。

ちくしょう。

今のところ、そこまで規制はされないと思うけど、大きな流れとして、そんな感じになるよ。

そもそもグーグルは、実名主義だったから、驚くことではないよね。グーグルはきっと、現実とウェブを限りなくシームレスしたいんだよ。この場所に実体を与えるために。その布石が、資本であり、実名であり、ドメインなのだと思う。

インターネットはますます現実感を帯びて、息苦しくなっている。

もう、僕の居場所なんて、どこにもないんだ。