散るろぐ

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良い不倫とわるい不倫

今年の上半期は、不倫元年とでもいうべきアンモラルの年で、男女のもつれが各所で話題になった年だった。

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もう、みんな忘れちゃったかな。

僕は、ほんの小さな出来事でも、かみ砕いて消化するまで、ずいぶんと時間のかかる性質で、学生のころは、一周回ってから語り始めるのに定評があって、友人らに「え?いまさらその話!?」とキョトン顔をされるのが日常だった。

マイペースというよりは、生きている時間軸が違うようで、それを面白がってくれた子らは、ヤレヤレ顔で受け入れてくれたけど、規律や協調性を重んじる文化圏では、反逆者のレッテルをはられていた。

其れはともかくとして、今日は不倫について話したい。

不倫について、僕は、良い不倫と悪い不倫があると思っている。法律的な解釈はさておきとして。

悪い不倫というのは、相手に虚偽の約束をして現状を打破する不倫。

例えば、家庭をもつ男性が、若い女の子のカラダ欲しさに、将来は妻と離婚してキミと結婚する、というような口約束をして、コトに及ぶやり口。

一方で、良い不倫とは、相手に真実を伝えて、現状を維持する不倫。

例えば、事実上破綻している夫婦生活があって、責任を果たすために婚姻関係を継続している、というような場合。

前者は、単なる身勝手な詐欺で、後者は大人の事情だよね。それが、僕の考える、良い不倫と悪い不倫なんだよ。法律上で不倫は罪になるけど、実態は、まったくもって似て非なる物。

ところがメディアは、それを同列に扱っている。大衆をミスリードして、不倫をセンセーショナルなアジテーションに利用して、視聴率や部数を稼いで儲けているんだよ。

不倫なんて、当人じゃなければ他人事。ただ、有名人のゴシップは面白い。ワクワクしてしまう。だけどそれはエンターテイメント。あくまで娯楽なんだよ。

それを断罪しようとする風潮、なんとかならないのか…。


今日はそんなところです