散るろぐ

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20年ぶりに親友と飲みにいく約束をした

小中高と、同じ学校へ通ったHに、20年ぶりに会った。 おなじ部活で苦楽をともにしたHは、もう結婚して可愛い娘までいるらしい。

一方の僕は、結婚も叶わず、もちろん子供もいない。この空白の20年間に、Hにはどんなドラマがあったんだろう。そして、幸せな家庭を築いたHと僕には、どんな差があったんだろう。

高校は、お互いに底辺で、学力に差はなかった。おなじ学舎で学び、おなじ部活で、一緒にベンチを温めた仲間。学力も、運動能力にも、まったく差がなかったのに、Hには、お嫁さんと娘ができた。

娘はふたりいるという。中1と中3で、やっぱりバスケをやっているらしい。そして、あの当時の部活の仲間たちは、みんな結婚して子供がいた。週末には、子供の試合の応援とか、近所の市立体育館でバスケやってるらしい。

「みんな子供連れてきてるよ。もう俺らの時代じゃなくて…」

Hはそう言って遠い目をした。

もう、僕らの時代じゃない──

もう、僕らの時代じゃない──

Hに特別な意図はなかったと思う。でも、この言葉は僕の心に、井戸のフタをする大きな漬物石のような重圧感を与えた。ズッシリした重みのある言葉。

僕が、ぽわ〜んと、のんきに暮らしているうちに、みんな結婚して子供をぽんぽん産んで、集まってわいわいやっている。

子供を連れて大集合だ、わいわい…。

そして僕は、もう人生の主人公じゃない。

少なくとも、Hのなかでは、自分じゃなく子供たちが人生の主人公になった。20年という月日は、人間を育てて次の世代へバトンを渡すには、充分な長さなんだよ。

お嫁さんをもらって、子供ができて、新居に引っ越して、でっかい黒い犬を飼って、お嫁さんが妊娠して、家族が増えて、ともに苦労して、ともに笑い、ともに過ごし、ともに悲しみ、ともに喜ぶ…毎日が、お祭りさわぎだ、わいわい…。

あの頃の同級生は、遥か遠くまで旅立ってしまった。

今度、飲みにいく約束をした。

だけど、気が重い。紹介するモノも、語るべきコトもない僕に、飲みながら、なにを話せばいいんだろう。

いやね、ネットでモノを書いて世界と交信しているんだよ。日常の喜怒哀楽だとか、女子高生のパンツはなに色なのかな、というようコトをさ。

ダメだ。もう僕は、仲間たちにとってアンタッチャブルな存在でしかない。

二度と会うのはよそう。

うちのアパートの裏、植え込みの隙間の、野良ネコの排泄物で臭う、あの薄暗い空間。あそこの壁にこびりついた、湿って黒ずんだ苔のように、ひっそりと暮らすしかない。