散るろぐ

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「ひまわりの約束」の歌詞について

映画「Stand by Me ドラえもん」の主題歌として大ヒットした、秦基博の「ひまわりの約束」について今更だけど書いてみたい。

ジャスラック的に、歌詞の引用もブラックという噂なので、歌詞のテキストは各自で準備してほしい。


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僕はこの曲をカラオケで人が歌っているのを聞いて、もう少し聞いてみたいと思って、GoogleMusicで入手してみた。

初めの印象は「ひー、まわりのーようなー」というサビの高音な抜けと、ひまわりのイメージが良いなという感じだった。

ただ、聞けば聴くほど、歌えば歌うほど、意味のわからない歌詞だな、とも思った。ドラえもんとのび太の歌だと思えば、一応の整合性はある。

一方で「ちぐはぐだった歩幅」や「君のために僕が何かしてあげたい」とか「君ならもう充分だよと言うだろう」とか、微妙な違和感がずっとあった。それは、ドラえもんとのび太の関係性というより、男女や親友、親子のように不完全な人間同士の繋がりに思えたからで、少なくとも、ドラえもんと別れる時点の、のび太は、そこまで成熟した年齢じゃなくて、だからと言って、歳を重ねたのび太の回想でもない。あくまで別れの時点の感情として書かれていて、それが、この歌詞にいっそう不可解な印象を与えているんだと思う。

不可解ながらも、この曲は大ヒットして、今でもカラオケでけっこう歌われている。特に女の子に人気で、女の子にウケると男もそれを歌うに決まっている。

なぜ、女の子にウケるのか。

「どうして君が泣くの、まだ僕も泣いていないのに」

僕に起きた悲しい出来事を、自分より悲しんでくれる君という存在。これは、究極の共感力というか、コイツめちゃくちゃアタシの気持ちわかってるぅぅうう!って感じで、ルフィっぽい。泣けない僕のために泣く君は、とにかく熱苦しいくらいの思いやりに満ちている。

自分の悲しみに、自分以上のリアクションをする他人という構図は、それが現実にはいないからで、つまり、最近の若い女の子は、友人や異性に、過度な共感と思いやりを求めているんだろうか。

続いて僕は、日常はガラクタで、君と一緒ならそれがトレジャーになると言う。これもとても依存的に感じる。ガラクタなアタシの日常を宝物に変えてくれる素敵な彼氏みたいだ。

そして、それまで与えられる一方だった僕が、急に覚醒する。ずっとそばにいたい、僕もひまわりになりたい!と宣言する。

いよいよ意味がわからない。僕は君になにを求めているのかと。

そこでハっとしたのだけど、この歌詞は、もしかして、若くして亡くなってしまうパートナー、または友人への歌なのかなと。

その前提で、歌詞をあらためて読むと、辻褄が合ってくる。

「遠くでともる未来」は、いつか僕も旅立つ死後で、パートナーが病気で倒れたことによって、ちぐはぐだった心がひとつになる

そして、僕にはもうなにも出来ることがなくて、それは僕にも君にもわかっていて、だから残された僕は君のように、まっすぐでひまわりのような優しさを届けたいと願う。それが本当の幸せの意味なんだと。

歌い出しのシーンだけ「君」のセリフで、その後は僕の気持ちになる。無論、これは完全に僕の想像で、ぜんぜん違うかも知れない。

ただ、生き別れじゃなく、死別だと考えてみると、歌詞の意味が合う。例えば、結婚を約束していた彼女(君)が、治らない病気になって、その側に自分(僕)がいるというような。

夜中にそんなことを考えて、音楽を聴いていたよ、という話題でした。