散るろぐ

こころふるえる感情メディア

残酷なインターネットはだれも救えない

このごろ思うのは、なんだか最近、仮想と現実の境目が曖昧になったというか、インターネットがより手応えのある現実になったってことだった。

それは、便利さと引き替えに、僕らからもっと大切ななにかを奪い去ってしまった。

むかしは、言いたいことを好き放題に書けていたけど、いつからか一斉に言葉狩りが始まって、表面上はキレイなインターネットになった。

でも、それは、本当にうわべの見せかけだけで、もっと本質的な悪というか、現実世界の、わるい人間性が増幅されたように感じる。つまり、他所さまのモノを暴力(戦争)でもって奪うという、野蛮な現実世界が、実態をもって現れてきた感じなんだ。

その証拠に、僕がちょっと間違ったことを言うと、昔は「ちがうよ」と、やさしく教えてくれていたユーザが、今では無視するようになった。なんだかんだで、構うより、無視したほうが、僕が傷つくって知っているからなんだ。

それは「もっと面白いことをやれよ」という、無言の圧力でもって僕を押しツブして、さらに無視することで、まるで僕を存在しない無価値なゴミだと思わせる。そんな残酷なインターネットを、僕らはやり始めている。

小さな良心まで見失ったみんなが、なにをしているのか見てみたら、ひどいデマをばらまいたり、実名アカウントを叩きまくったり、スキンヘッドで街を練り歩いて、ポリコレ棒で背後から襲撃したりしている。

いじめ、差別、セルフブランディング。

まったくもって、現実世界に偏在する悪の様式を、こっちでもやりまくっている。インターネットを、自らの欲望を吐き捨てる、暴力装置に使っているんだ。

僕の住んでいたインターネットは、野蛮で暴力的なサラリーマンに踏み荒らされて、出会い系ツールになってしまった。汚れてしまった残酷なインターネットは、もう誰も救えやしない。