散るろぐ

こころふるえる感情メディア

ブログをやるモチベーションがなくなっている


ひさしぶり。みんな元気してるかな。

このところ、このブログを更新する気分にならなくて放置してた。これ書いたら面白そう、って思うこともあるんだけど、雑記ブログでいろいろ書いても、世間様に評価されないというか、無反応だから、書いても意味ないと思えて。

その理由を、僕なりに考えてみたんだけど、たぶんウェブで書くことがお仕事になるからなんだよ。僕でもライティングでお金になるってことは、もう、ウェブで書くことは、趣味というより仕事になってしまって、仕事になるとクライアントがいるワケで、あんまり好き勝手できない。

それは、かつてグーグルが、そのコンセンサスによって性的コンテンツを一掃したように、クライアントを持つユーザーが、独自のコンセンサスによって、マイノリティを排除してしまったんだ。なにを言っているのか、わからないと思うけど、雰囲気でうなずいてほしい。

僕なりに、文章でやりたいアイデアは、いろいろあるけれど、みんなでキャンプファイヤーを囲んで語らうというような、そういう楽しみ方は、できない時代になってしまった。それは寂しいことではあるけれど、もう過去になってしまったから、前を向いて進んでいくしかないよね。


最近、米津玄師の曲をよく聞いている。

ドラム式洗濯機に服をいれたり、ブランコに乗っているだけでカッコいいとウワサの男性アーティストなんだけど、知ってるかな。

僕がいつも彼の曲を聴いて思うのは、「玄師どこに行った?」ってことなんだよ。誰でもなんだけど、歌を歌うってことは、自己表現の手段のひとつで、だからそこに歌い手の個性が出てくるんだ。

ところが、米津玄師は、あえて誰が歌ってるかわからないような歌い方をしてる。声も特徴あるし歌い方もカッコいいからバレバレなんだけど、なんというか「俺が俺が!」みたいな主張がぜんぜん無いんだよ。あくまで、メロディと歌詞で完成されていて、潔いサムライみたいな潔癖さがある。

だから、lemonを聴いたあとに、GalaxyのCMを見ると、テレビ画面をぶち破りたくなるんだ。

今日言いたかったのは、それだけです。