散るろぐ

ここが僕のアナザースカイ

西村賢太著の「苦役列車」を読んでみた

カバンの中を整理をしていたら「苦役列車」という見覚えのないペーパーバックが出てきた。買った記憶がなかったから、冷や汗をかいたけど、一緒にクシャクシャになったレシートも出てきて、ホッとした。近ごろ物忘れがひどいんだ。

そのまま読みはじめて、さっき読了したから感想を書いておくよ。もう、記録することだけが、自分を信じる唯一の方法になっている。

早くなんとかしないと…。


西村賢太著「苦役列車」

本書には、表題作とべつに、もうひとつの短編がある。主人公の名前が同じだから、一連の小説として読んでいいと思う。

最初の「苦役列車」は、性犯罪歴のある父親をもつ主人公、北町貫多が、15歳(中卒)から、ひとり暮らしをしながら、日雇いの冷凍倉庫で働く日常を書いている。

続く2篇目の「落ちぶれて袖に涙のふりかかる」では、文筆家となった貫多が、腰痛を押して執筆活動を続ける姿が書かれている。


西村賢太さんの作品は、初めて読んだのだけど、今まで見たことのない独特の文体だった。にも関わらず、違和感なくスラスラ読み進めるのは、推敲に時間をかけているか、桁違いの読書量の成せる、文章の審美眼に違いない。独特のリズムがあって、例えるならマーチングバンドのスネアドラムのように、乱れることなく一定のリズムを刻んでくる。

苦役列車は、その題名から連想するような悲惨さはなくて、思ったより淡々としている。冷凍倉庫(港湾荷役)の仕事は、いかにも男の職場という感じで好感が持てた。

主人公の北町貫太は、不器用で典型的な友達のできない孤独なタイプ。もしも裕福な家庭に育ったとしても、同じ道を歩んだのではと思わせる、天然の素材感がある。

それは、皮肉じゃなくて、むしろ、うらやむべき才能だと感じた。

貫多の生きた時代は、底辺労働であっても高度成長期の真っただ中で、労働に価値があったように思う。

むしろ、現代の派遣で働く人や、深夜のコンビニで働くような中年男性の方が、より救いのない苦役なのかも知れない。


フォークリフトの思い出

物語にフォークリフトが出てきて、懐かしく思い出しながら読んでいた。僕もフォークリフトの免許を持っているから。

作中に出てくるプラッターは、リーチ式と呼ばれるフォークリフトで、立って操作する屋内用になる。段差の無い屋内では、大きなタイヤは不要だから、その分コンパクトで、より小回りのきく作りになっている。

僕が乗っていたのは、一般的な二本の爪がついた、屋外でよく見かけるフォークリフト。トラックの荷台に空のパレットを乗せて、荷物を積んで上げ下ろしをするやつ。深夜の8時間で、トラック5〜6台(300〜600ケース積み)の荷物を下ろしていた。

商品の入ったダンボールの形状が様々で、大きさによって一枚のパレットに積める個数が変わってくる。パレットの形状も、縦長、真四角など、6種類ほどあって、一枚に最大、何ケース積めるか考えながら作業する必要があった。

同じ商品を600ケースなら、パレットに最大28ケース積めるから、22枚の縦長パレットを準備して、21枚(28×21=588)と、余りは12ケースになる。

それを、指示書にしたがって数量毎に、20ヶ所ほどに区分けされた、指定の場所へ運ぶ。

ただし、通常、1台のトラックは、3〜5種類の商品を混載してくるから、トラックが2台同時に到着した場合、2枚の指示書を並べてクリップで留めて、それぞれの商品と、指定エリアをチェックしながらパレットをそろえる。

A、Bそれぞれのトラックの頭に積んである商品を確認して、そこから、奥の荷台にどの商品がどの順番で並んでいるかを予測する。

続いて、運転手にパレットへ積む個数(4.5.6.7)と、積み方(棒積み、交互)を指示する。運ぶエリアの個数はまちまちなので、その都度、数を伝える。

次に、Aのトラックの運転手が1枚のパレットに積む時間を計算しながら、Bのトラックの小口商品を捌いていく。

A、Bそれぞれに、おなじ宛先の荷物もあるため、Bのトラックで商品B、Cを各5ケースづつ積み、Aのトラックへ、パレットごと移動。Aの商品Dを3ケース積んでエリアHへ運ぶ、というように効率的に作業を進めていく。

また、運ぶエリアが遠く、時間がかかる場合は、積むのに時間のかかる大口を指定して、その間に運んでしまう。リフトのアクセルは基本的に全開だった。

かなり、ざっくりした説明で、実際にはもう少し複雑になる。

デスクに座ってやる分には問題ないけど、フォークリフトの運転をしながら、並行してやっていくのは、よく考えるとかなり危険。給料が安すぎた(時給850円)から半年で辞めてしまったけど、フォークリフトの免許を取らせてくれたことには感謝している。


女の子にモテたい

読書の感想を書くつもりが、自分語りになってしまった。これがメディアクリエーターの卑しさ。

ともかく、西村賢太さんの作品には、惹かれる部分が多々あって、僕はここまで、文学に自意識をこじらせてはいないけれど、なにかの賞をとって、女の子にモテたい、という野望にはとても共感できる。

他にもいろいろ書かれているので、引き続き他の作品も読んでみたい。