散るろぐ

ここが僕のアナザースカイ

45,660円のクリアケース


みんな、お財布を拾ったことあるかな。

ちょうど10年くらいまえ、僕がバス通勤していたころなんだけど、財布というか、100均に売ってあるクリアケースを拾ったことがある。

12月のとても寒い日で、僕は国道沿いの小雨がパラつく道を、重くておっきいカーキ色のモッズコートを着て歩いていた。

あの頃は、ダウンジャケットなんて高価だったから、冬はみんな重苦しい格好をしていたんだよ。オマケにバス通勤していると、バスを待ってる間に凍えてしまうから、余計に厚着しなきゃならなかった。

バスって乗り物は、道が空いてるときは、時間ちょうどについて、時間ピッタリに発車するくせに、道がちょっと混んでたら、10分くらい平気で遅刻する。だから仕方なく、ちょっと早めに家を出て、バス停で待っているしかない。

僕は、灰色の景色のなかを、トボトボ歩いてバス停につくと、ベンチの横に立って、バスがやってくるのを待っていた。古びたベンチは、雨に濡れて座れなかった。

バス停には、ほかに誰もいなくて、僕はただバスがやってくる方向を眺めていた。すると、視界の隅のコンクリートに、緑色のケースが落ちていた。ダイソーなんかに売ってある、緑色のフチがついた半透明のケースだった。

気になったけど、拾って手が濡れるのがイヤだったから、やめとこうかなと思ったけど、やっぱり拾ってしまった。僕は子どものころから、道に落ちている物を、なんでも拾って見るクセがあるんだよ。

そして、拾った瞬間の手応えで確信した。

金だッ…!

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B5サイズのクリアケースは、ズシっとした重みがあって、持ち上げると、小銭がジャラと流れた。

そのとき、ちょうどバスがやって来たから、それをポケットにねじ込んで、バスに飛び乗った。そして、後部座席のいちばん隅に座って、おそるおそるポケットから出してみた。

わぁ。お札が入ってるッ…!

半透明のケースに、畳んだ1万円札が透けて見えた。チャックを開けてみると、1万円札が、1、2、3、4!

すごいよ。4万円もあるっ!

それから、千円札が5枚。小銭を数えたら660円あった。

合計、45,660円。

なんてこった。OMG(オーマイガー)だよ。

だけど、これは僕のじゃない。きっと落とした人は困っているよね。そんなことを考えながら、僕はバスに揺られていた。

いっときの、お祭り気分が去って、冷静になってみると、さすがにコレは、どっかに届けなきゃと思いはじめた。

でも、ケースのなかには、現金以外に手掛かりになるような紙が入っていなくて。なまえや住所がわからなくても、どこかのカードでもあれば、連絡して、突き止める方法があると思うけど、ホントに何もない。お札と小銭しか入れてなかった。

おそらく、バス停の向かいにある、大きい病院に行く人が落としたんだと思う。病院のレシートが入ってれば、確実にわかるんだけど、帰りじゃなくて行く途中だったのかな。

バスの運転手に渡そうかとも思ったけど、ほとんど裸だから、運転手がネコババするかも知れない。だって、どこにでも売ってあるクリアケースなんだもの。警察も考えたけど、これだけじゃ持ち主見つかりそうもない。


今になって考えてみると、警察に届ければ、もしかしたら持ち主が見つかったかも知れない。でも、そのときは、そこまで考えが及ばなくて、けっきょく自分の物にしてしまった。せめて、何か手掛かりがひとつでもあれば、迷わずに届けられたのに…。

あのころの給料は、手取りで14万円くらいだったから、45,660円なんて、その3分の1に匹敵するビッグマネーなんだよ。つまり、10日分の給料が一瞬で手に入ったのと同じことだった。

10日もひいこら働いて45,000円。拾ったお金なら一瞬で45,000円。僕は、誰の、そして何のために働いて給料をもらうんだろう。手の中では、4人の福澤諭吉と、5人の野口英世が、今にも喋りだしそうな顔をしている。お金という価値が、なにか得体のしれない魔法に思えて、騙されているような気分だった。

そして、バスをおりるときには、もうお金は、僕のお財布のなかに移し終わって、カラッポのクリアケースだけが残った。それをコンビニのゴミ箱に捨てると、また日常が戻ってきた。B5サイズのクリアケースも、そして45,660円も消えてしまって、最初からなにも無かったように、時間は流れはじめた。





※この物語はフィクションです。