散るろぐ

ここが僕のアナザースカイ

ヒッチハイクの目的

今日、車を運転して家に帰る途中、大きく「福岡方面」という文字を書いたノートを胸の前に掲げている若者がいた。

ちょうど赤信号で止まったから、僕は、眼鏡の角度を調整して、その様子を仔細に観察した。若者は、まるでこれから雪山へ行くような厚着をしてボロボロのスニーカーをはいていた。

これがウワサのヒッチハイクか。今日は特別に冷えるから大変だろうな。しかし、なんだってヒッチハイクなんかするんだろう。しかもこんな真冬に…。

そう思って、もう一度その若者を見ると、男だとばかり思ったら女の子だった。まだあどけなさの残る頬は、寒さでりんご色に染まり、眩しそうに遠くを見る目には涙がにじんでいた。

細い顎とぱっちりした目、額にかかる細い髪が吹き抜ける寒風に舞っていた。きつく閉じた唇は、乾いて血色を失っていたけれど、なかなかの美人だという確信があった。

時間は8時をすこし回ったところで、駅前のネオンがなければ、もう真っ暗で、これから僕の家へ帰る道は、けっこう人家もすくない夜道になる。

もうすぐ信号が変わりそうだった。僕は眼鏡を外して眉間を親指で押してから、ふたたびかけ直した。そしてもう一度、路肩へ視線を戻すと、ヒッチハイクの女の子は、僕の並んだ車列を茫洋とした眼差しで見つめていた。

不意に巻き上げるような強い風が吹き、「福岡方面」のノートがパラパラとめくれ、女の子の目深にかぶったフードが飛ばされて、体がよろめいた。

今日、彼女はどこで一夜を過ごすつもりなんだろう。背中にしょった、巨大なバックパックに、野営できる装備一式が入っているのだろうか。それとも、博多あたりのカプセルホテルか、ネットカフェでも探すのか。

だったら、一駅先まで電車に乗れば、いくらでもその手のテナントの入ったビルがある。しかしそれでは、ヒッチハイクの目的が失われてしまうのだろうか。

けたたましいクラクションが響き、僕の前方に広大なスペースができていた。いつの間にか、信号が青に変わっていたのだ。

僕はクラッチをあわてて踏み、ギアをセカンドに叩きこむと、アクセルにガンと右足をのせた。20万キロを酷使されたアルトのエンジンが、不服そうに喚き立てる。その抗議を無視して、僕はさらに強くアクセルを踏みこんだ。

ヒッチハイクの女の子は、バックミラーのなかでみるみる小さくなり、やがて消えた。