散るろぐ

ここが僕のアナザースカイ

キャットカムバック


今朝、シャッターを開けたら、なんだか様子がヘンなんだよ。どこかどう、というワケではないのだけれど、なにかがおかしい。みんなも自宅の玄関を開けた瞬間、そんな風に感じたことってないかな。

僕は、だから、照明をつけてから、しばらくその場に立っていた。おかしい…絶対に、なにかがおかしい…。

はじめに気づいたのは「臭い」だった。魚の腐ったのでも、真夏のゴミ置き場でもなく、それでいて、どこか生臭い。なんとも例えようのないケモノ臭が漂っていたんだよ。

きのう、シャッターを下ろして帰るとき、こんな臭いしていったけ?

でも、戸締まりしたときは無人だったから、その後は誰も侵入できない。つまり、この販売ブースは、僕が開けるまで、完全に密室だったハズなんだ。

僕は、ブレーカーのスイッチを点けると、ゆっくりと、ひとつひとつの備品をチェックしながら、奥へと進んでいった。いつも見ているブースだから、何かがちょっとでも動いていたら、すぐに見破る自信があった。

慎重に、奥のキッチンのの裏まで調べたけれど、これといった異常は見当たらなかった。僕の勘違いだったのかなと、踵をかえしたとき、異常に気づいた。

生ゴミを入れているポリ容器の下が水びたしだったんだよ。これはおそらく、ポリ容器が劣化してヒビが入ったんだ。たぶん、そこから、生ゴミの汁が漏れちゃってる。

ごく稀にあるけど、皆無というわけではないから、驚くにはあたらない。あとは、中のゴミを袋に移し替えて、フロアを拭けばいい。面倒だけど、原因さえハッキリすれば、あとはそれを粛々と実行すればいいんだ。

そう思って、ポリ容器を持ちあげようと手を伸ばした瞬間、それは僕の目に飛びこんできた。なんと、ポリ容器のフタに、デロンデロンに広がった軟便が鎮座していたんだよ。

クソ!あのネコだ。

間違いなく、あの野良ネコの仕業に違いない。僕は直感した。それというのも、おとといの昼に、ちょうどこのキッチンに、フラリと現れたネコが、パンの袋を食いちぎって、食べ散らかしていたんだよ。

ヤツはおそらく、ここをエサ場にして、自分の縄張りにマーキングしていったに違いない。

いったいどこから? どこから侵入しやがった?

ありったけのションベンと、限界まで絞り出した大量の排泄物が、その主張の強さを物語っている。僕はその量に、なみなみならぬ覚悟を感じた。ヤツは本気だ。

「どうしたの?」

急に声をかけられ、ハッとして振り向くと、同僚の女性社員が不思議そうにこっちを見ていた。

「キャット、カンバック」

僕は、押し殺した声で、そうつぶやいた。

「え?」

「きのうのネコが戻ってきたんだよ!」

「え?なに?わ!クサい!!」

「ここは僕が片付けるから、君は開店準備をするんだ。こっちには誰もいれるんじゃない」

そう言って、僕は、ネコのフンのあと始末をはじめた。クサいし、手にオシッコが付いてビシャビシャになるし、ひさびさに泣きたい気分になった。

くそう。

しかし、なんなんだこの量は…。まるで人間じゃないか。しかも、まったく隠す気がない。ネコは砂をかけたりするんじゃなかったのか。今度見つけたらタダじゃおかないぞ。背骨を折ってやる。僕はふつふつと湧きおこる怒りに震えていた。

ともかく、ぜんぶ新聞紙にくるんで始末した。フロアもキレイに拭いて、やっとニオイもやわらいだ。やれやれ。

そうして、やっと平穏な日常を取り戻したのだけど、本当にネコの被害はひどすぎる。無責任にエサをやったりする人がいるから、こんなことになるんだよ。エサをやるなとは言わないけど、それならちゃんと飼うべきだよ。そうして、自分のウチでフンをするようにしてもらわないと。

午前中は、そんなことを考えながら、ぼんやり窓の外を眺めていた。すると、ガラスの向こうを一匹のネコがトコトコ歩いていた。そして、くるっとこっちを見て、僕と目があった。

まさか…。

僕はあわててイスを蹴って立ちあがると、キッチンへ急いだ。するとそこには、さっきとまったく同じように、フンとオシッコがまき散らかされていたんだ。


続く