散るろぐ

ここが僕のアナザースカイ

問題、先送り問題

フェデックスエクスプレスという会社がある。会社のロゴは「FedEx」で、末尾のExは、エクスプレスの略になっている。この大文字のEと小文字のxの組み合わせで、⇒を描いているのは、よく考えたデザインだと関心する。

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そんなフェデックスが、荷物を送ることで社会に貢献している一方、僕は、問題を先送りにすることで、現在のゆううつを解決している。

僕の仕事は、商品を仕入れて店頭で売るという、シンプルなジョブなのだけど、仕入れから販売、売上の回収までしているから、そのやり方は僕の中で完結してしまっている。

つまり、業務が属人化してしまって再現性がない。もしも人が変わったら、またイチからやり直しになってしまう。そうならないために、ちゃんとした会社は、引き継ぎをしっかりしたり、業務をマニュアル化するなどしている。

僕も、そろそろ引退を考えているから、細々とした注意事項などを作るべきかな、と考えてみるけれど、どうも気乗りせず放置している。会社側へあえて提案する気にもならない。

その理由はいくつかあるけれど、もっとも大きな理由は、僕の仕事がリスペクトされていないことにある。これから仕事を増やしたところで、誰に評価されるワケでもなく、そもそも、業務マニュアルが必要であれば、会社の方から指示すべき。それがないのは、誰にでもできるカンタンな仕事だと思われているからだろう。

だから僕は、自分がいなくなるその日まで、小手先の対応で、目の前の仕事をやっつけるだけなんだ。

昨今の政治や、年金の問題、水道事業の値上げにしても、おなじような構図で、問題が先送りにされていると感じる。古い貯水池に徐々にたまった雨水が、ある日とつぜん決壊して町を水浸しにするように、問題の先送りは、水面下で静かにおこっている。

決壊の予測はあるけれど、自分の代では問題ないから、次の世代へ先送りする。問題が噴出するころには、もう自分は消えていて責任をとる必要もない。

こういうものを、どうにかするには、どうすればいいんだろう。それとも、どうにかする物じゃなく、自然の摂理にしたがって、破壊と再生に身をゆだねるべきなんだろうか。