散るろぐ

ここが僕のアナザースカイ

インザルノアール

もしも「東京で訪れるべき観光地は?」と聞かれたら、僕は「ルノアール」と答えるかもしれない。

それは、620円のコーヒーが、コンビニの100円コーヒーを煮詰めたような味がするだとか、サービスのお茶が、安い粉茶みたいだった、とかではなくて、ルノアールが純粋に東京っぽいからなんだよ。

それくらい、ルノアールには、東京のポリシーというか、スタイルがある。

まず、お店の入口にレジがない。人の動線を考えたら、出入り口にあるべきレジがなくて、どうかしたら、会計せずに店から出られてしまう。

しかし、それもまたルノアールで、もしもそのまま出て行く客がいても、あえて追う気もなさそうだった。ただし、二度と来るなという無言のメッセージがある。

客層は、なんの仕事をしているかわからないラフな格好の男性と、派手で露出の多いお姉さんが多かった。そんな雰囲気の中、座り心地の良いイスに、ちょこんとかけていた僕は、なんだか子供みたいだった。

となりの席には、健康そうな夜のお姉さんが、向かい合わせに座っていて、タバコを吸いながら、おしゃべりしていた。

その会話に出てきた「傘立てにオシッコした女の子」のエピソードが、なかなかに強烈で、それが今も僕のこころの深いところに突き刺さっている。

人って、どんなモチベーションがあったら、傘立てにオシッコするんだろう。傘立てにオシッコしたらどんな音がするんだろう。ジョロジョロ?ジャバジャバ?それとも風鈴のようなチリンチリンなのかな。

わからないけれど、それが非日常を彩る、東京のアクティブなイノベーションなんだ。

店内をすばやく移動するスタッフは、黒服の男の子も、白シャツの女の子も、背筋がスっと立って、凛として、媚びない。それもまた、東京であり、ルノアールなんだと思う。

その姿が、とても眩しくて、指図され、媚びる接客で生きてきた僕には、羨望とともに、深い恥じを覚えた。

京都に舞妓がいるように、東京にはルノアールがある。物質的な豊かさと、利便性に甘やかされたコンビニ世代は、今すぐ自分をルノアールに突っこんで殴りぬくんだ。

僕にとって、ルノアールはそんな体験だった。

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