散るろぐ

ここが僕のアナザースカイ

みんな苦労している

おはよう。

4日続けて旅行記を書いたから、ちょっとお休みして、今日はかるい雑談にしよう。

このところ、連日の猛暑で参ってしまうよね。僕が東京へ旅したときも、かなり暑くて大変だった。

東京の線路は、それこそ積み木のように重なっていて、乗り換えの階段は山登りみたいにアップダウンがあるし、電車はたいてい満員だし、トイレも並ばなきゃいけないし。人の敵は人であるという言葉があるけれど、東京は、本当に人間同士のサバイバルだった。

でも、動きまわることの大切さも再確認した日々で、やっぱり、刺激というか、ふだんやらないコト、ふだん行かない場所へいくのは、生きるコトの可能性みたいなモノを、深いところから押しあげてくれる。旅には、そんなチカラがあった。


余談だけど、帰ってからバッグをほっぽっておいたら、彼女が下着や服を洗濯してくれていた。それは有難かったんだけど、シマッタ、あのバッグには避妊具を入れていたんだった!ってことを思い出して、あわててバッグを見ると、やっぱり入れっぱなしになっていた。

その避妊具は、けっきょく未使用で、ワンチャンを期待した僕のマヌケさの象徴にしかならなかったのだけど、その浅はかな欲望を、彼女に見つかってしまったのは気まずかった。

僕は彼女に「もしかしてバッグのなか見た?」なんて質問をしたりして、気づいたかどうか確かめようとしたけど、日頃から、ちょっとした変化にも気づく人だから、こんな大きな箱を見逃すハズもなくて、僕の質問には無言で、鋭い視線が返ってきただけだった。

ここで、ニューヨーカーなら、てんやわんやの大ゲンカになるのかもしれないけど、僕らは、慎ましき日本人だから、お互いに一瞬だけ悲しそうに目を合わせて、その後は、いつも通りにならんでテレビをみた。ときどき笑って、イチゴのかき氷にミルクをかけて食べた。


僕たちはみんな、生きることで傷つき、そして傷つけあっている。それは、どんなに良い環境で育ったとしても、どんなに良い生活をしていたとしても、逃れられない、宿命みたいなモノなんだ。

つまり、人生の幸福度は、自分がなにをされたかではなくて、されたことを自分がどう受けとめるかで、決まってしまう。

だから、いつか電池が切れるまで、明るい気持ちで生きよう。