散るろぐ

ここが僕のアナザースカイ

シルヴァスタインの「ぼくを探しに」を読んだ

「なんか足りねぇ…」と、つぶやきながら、インターネットを徘徊している僕です。こんにちは。

先日、退屈な日常に喝をいれるため、東京へ旅したのですが、そこで僕を待っていたのは、一冊の絵本でした。

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こちらの「ぼくを探しに」は、米国の作家であり、イラストレーターでもある、シェル・シルヴァスタインにより著され、1977年に出版された絵本です。原題は「THE MISSING PIECE」で、直訳すると「行方不明の断片」となります。

曲線と直線のみで表現された本書は、ストーリーが直感的にわかりやすく、それがまた想像力をかきたてる要素でもあり、子供より、むしろ大人向けの絵本だと感じました。

内容は、一読してもらえればわかるとして、足りない何かは、読む人によって変わってくるでしょう。それは、お金であったり、才能であったり、最高のパートナーだったりするのかも知れません。

正直なところ、僕には足りないモノが多すぎて、麻痺してしまった部分があります。幼いころには愛情が、成長期には知能が、そして身長が伸びなくなると低所得に悩まされました。足りない界のサラブレッドです。

本書は、どちらかと言うと、ある程度の才能や環境に恵まれているけれど、何かが足りないと感じている、絵本を読み聞かせるような、教養ある層に響く内容なのかも知れません。

それは、不完全の肯定であって、つまり、完璧に輝く人生でありたいと願う貴族のエゴです。僕はおそらく、そんな輝きとは無縁に、自然の中で朽ちやがて土に還るのでしょう。


僕がバイブルのように読み、説教のように聴いている宇多田ヒカルの「花束を君に」に、こんな一節があります。

毎日の 人知れぬ苦労や淋しみも無く ただ
楽しいこと ばかりだったら
愛なんて 知らずに済んだのにな

これは、苦労や淋しみがあるから愛を知り、愛を知るからこそ別れが苦しい、という、逆説の逆説みたいなレトリックになっています。つまり、楽しいことばかりの人生には、愛を知る余白がないのです。

良いことも悪いことも、糧にするのが、理想的な良い人生の歩みかたなのでしょう。でも、僕は、可愛い女の子に生まれ変わって、誰からも無条件に愛される人生を送りたいです。

今日はそんなところです。



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