散るろぐ

ここが僕のアナザースカイ

657,000の使いみち

僕たちはダイエットするためにスポーツジムに通ったりする。でも、運動して痩せたいなら、肉体労働のアルバイトをすればいいんだ。お金を払って運動するより、お金をもらってした方が、断然コスパもいいんだから。

でも、みんな、せっせとジムに通って、車に轢かれそうになりながら、車道を爆走している。

そんな街の風景を眺めていたら、僕のひらめきが天才的に輝いた。愚かな人間にとって、お金とは何なのか。時間とは何なのか。そして人々は、なぜスポーツジムに通って運動しているのか。

今、解き明かそう。


657.000


数字に強い読者なら、すぐに分かったと思うけど、657.000という数字が、なにを指しているのか、もうピンときているよね。

くわしい説明は省くとして、657.000というのは、人が生まれてからアクティブに動きまわれる、いわゆる健康寿命をもとに、僕が独自に算出した数なんだ。

健康寿命を75年間として、それを時間に換算すると657.000時間になる。つまり、地球にひとつの生命が誕生すると、657.000というエネルギーも同時に生まれるんだよ。

そして、すべての人は、生まれながらに657.000時間という資産を無条件にもっている。病気や事故で狂うことはあるけれど、それは誤差だから考慮しないものとする。


時間については、古今東西、いろんな説が出まわっている。「タイムイズマネー」や「時は金なり」とか。

どちらも似たような意味で、基本的には、657.000時間を有意義に使えと説いている。でもそれは、時間についての一面でしかないんだ。

実はこの657.000時間、増やすことができる。

昔の人々は、生活するために、往復1時間かかる水くみや、火をおこすための薪割りとか、ただ日々を生きるために大きな時間を割いていた。

だけど、それをぜんぶ他人にやらせれば、自分の時間が余る。そして、他人の時間が減ったぶん、自分の時間は増える。 

時間はお金じゃ買えないと言うけれど、自由な時間はお金で買える。つまり、不自由な時間をお金でアウトソーシングして、自由な時間を手にいれる。

要するに、時間というのは平等に与えられたものだけど、それを他人から奪って、相対的に自分の時間を増やすことができるんだ。

この仕組みに、どんどん多くの人をとりこんでいけば、たったひと握りの人が、莫大な時間を手にいれることができてしまう。

これが、資本主義の不都合な真実なんだよ。

そして、お金の本質とは、時間を目に見えるようにしたことなんだ。労働に価値があるんじゃなく、労働に費やした時間に価値がある。

だから、豊かになるには、他人に時間をどれだけ使わせられるかがキモになってくる。働いたら負け。他人のために時間を使ったら負けているんだ。

世界の各地には、たったの数十万円も払えずに命を落とす人が大勢いる。その一方で、何千億という巨万の富を抱える人もいる。

生まれたときに平等だった僕らは、気づく間もなく選別され、お金という大河になすすべもなく流されていく。そして、もの心つくころには、完全にお金の奴隷になっている。お金によって動かされ、値札をはられ、奪い、奪われ、傷つき傷つけあいながら生きていく。

お金を得るために時間を使い、そのせいで失った時間を買うためにお金を使っている。

それが僕のいる世界というものなんだ。